トマトで煮るやつ

 

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ということでトマトで煮るやつを作っていきます。なぜならトマトで物を煮るとうまいことが知られておりうまいものが食べたくなったからです。

 

最近料理をしており、それは22にもなって彼女がいないと今後一生できない可能性がありそうすると生活スキルを身に着けないと未来において餓死するからです。

 

作るにあたって、ただ鶏肉とかベーコン突っ込んで煮るのも最近あれな感じがしており、ブイヤベースとかいう料理もあるので今回はアカエビとシーフードミックスで突っ張ります。

 

 

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不器用で背ワタとるの苦手なのでエビはだるいです。でもうまいのでやっていきます。

 

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シーフードは生臭いことが知られておりgoogleにより片栗粉と塩で揉めとのお告げがあったのでそのようにします。

生臭さはバカにできず、以前適当に解凍したミックスとナンプラーを炒めた時には双方の臭さが相乗し死にました。トラウマなので一生懸命揉みます。

 

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ナス、ニンジン、セロリ、玉ねぎ、パプリカを適当に切りニンニクで香り付けしたオリーブオイルでやります。

 

オリーブオイルはがっつりするとうまいという知見がここで得られており、ひるまずぶち込みます。トマトの種周りの酵素かなんかで乳化するっぽくどうにかなります。

 

10~15分トマト缶入れて弱火で煮て、別で炒めておいた魚介を合流させるとできます。

なんか水分量が不安だったので今回はトマトジュース足しました。

 

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魚介からだしが出ておりそんなに調味料入れなくても食えます。具材は夏野菜系を入れたら入れただけうまい感じがしておりもっとナスとか玉ねぎブッパでもいける。このことから適当に具材突っ込んで煮れば大抵うまいということが分かります。

 

あとはミックスの方の魚介が煮込んでるうちに縮み消滅したのでそのあたりが課題でどうにかする必要があります。今回みたいに別にでかい具材かって食った感出すのが面倒でなくていいかもしれません。

 

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途中で飯と分けて食うのがアレになりぶち込みます。分けて食うより格段にうまいのでこのようにして食うべき食べ物です。

一日置くと酸味が薄まり味もしみてうまい。冷たくてもうまく、パスタとかリゾットにリメイク可能作品なので応用が利きまくりつよい。便利なので今後も積極的に活用します。

 

 

トイレとダイバーシティ

 

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私はおなかが弱い。少しでも緊張やストレスを感じてしまうとそれはすぐさま腹痛という形をもって現れる。目は口ほどにものを言うというが私の場合には困ったことに尻に意思表示機能がついてしまったようだ。まったくもってその空気の読めなさには難儀している。中高時代が特にひどく、通学時に電車に乗っていると必ずと言っていいほどおなかが痛くなったので学校までの通過する大体の駅のトイレの位置と混雑具合を把握していた。今はそれほど苦しむこともないが当時のことを思い出すと我ながら中学高校と6年間よくも社会的に死ぬことなく毎日毎日電車に乗って頑張ったと思う。括約筋と己の精神力をほめてやりたい。


そのような事情もあって人よりも多くの時間を個室と便器と戯れることに使ってきた。そうすると世の中のトイレは大体4種類に大別できるらしいということが分かってきた。きれいなトイレときたないトイレ、洋式のトイレと和式のトイレの組み合わせで大抵は説明がつく。一般的に偏差値が高いトイレはきれいな洋式で統一されたものだ。うちの大学では洋式と和式のハイブリッド方式がとられており、まあまあきれいなのでトイレ愛好家の間でも評価は低くない。最近トイレットペーパーの種類が変わり、以前より少し厚手でエンボス加工がされた物になったように思う。よりお尻にやさしくなり私の好感度は急上昇した。

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エンボス加工がされたもの、クッション性と表面積が増えるすごいやつ

 

そのように分類をしていくと洋式トイレの方に人気が集まっていくのは自然な事のように思う。事実、自分自身も洋式トイレに心酔していた時期があった。だって、座っていても疲れないのでいつまでだってこもれるような感覚がするのだから仕方がない。居心地の良さが洋式の最大の魅力だろう。一方で和式便所は嫌悪に近い感情を覚えていた。和式便所には構造的欠陥が多い。数々の和式を巡ったが照準を違えて的を盛大に外しているのを幾度も目にしたし、そもそも正面についている水洗レバーを足で踏むべきなのか手で押すべきなのか判然としない。衛生的にダメダメのダメ。特筆すべきはあのしゃがみ込む姿勢。間抜けなことこの上ないし長く続けていくと足がしびれてくる。それに前から額をチョンとでも押されればすぐにでも後ろにひっくり返ってしまうだろう。弱肉強食の現代を生き抜くうえでもあのような無防備な姿をさらしてはならない。和式を洋式に交換しないのは管理者側の怠慢だと思っていたし、早く淘汰されるよう願っていた。

 

ある日、いつものように電車に乗り、いつものようにおなかが痛くなり駅のトイレに駆け込んだ。その日は運悪く和式しか空いておらず舌打ちをしながらしょうがなく個室へ飛び込んだ。背に腹は代えられないのだ。大衆の前で粗相など、こちらにも社会的責任がある。無事ズボンを下ろし、ホッとしているとあることに気が付いた。今まで絶望的にお腹が痛くなったときに私に寄り添っていてくれたのはいったい誰なのか。それはきれいとは言い難い和式便所ではなかったか。これは盲点だったのだが和式はそのきたなさと居心地の悪さからすこぶる回転率が良い。それゆえ空いている時間が多く、先客がいてもすぐに出てくれるのだ。窮地を救ってくれていたのは和式だった。私はトイレでうんこ座りをしながら己を恥じた。トイレの一側面でしか物を考えていなかったのだ。外面ばかり気にして中身を考えようとしなかった。本当に大切なものはすぐそばにあったのに。

それ以来和式を迫害するのはやめた。世の中に存在するものには意味があるのだ。どんなものにも長所と短所があり、和式と洋式どちらも受け入れることが多様性、しいては豊かなトイレライフを送るうえで大切なのではないだろうか。

 

一番重要であるのは用を足すことであるのだから。

 

 

 

小便器はあの山奥とかにある壁に向かってするやつが合理的で完成されてると思うわ。

パジャマが強奪されている

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夏の寝間着はTシャツに短パンと相場が決まっている。私の父は季節の終わりに売れ残りの安い衣料品を買い漁ることを生きがいとしている人であるから、うちにはどこで買ったのか見当もつかないへんてこりんなTシャツが沢山ある。

たとえばスーパーサイヤ人悟空Tだ。そのように自己主張の強いものを着れば私の儚い存在感など簡単に消し飛んでしまうので街ゆく人にはTシャツが歩いているように見えるに違いない。このようなTシャツはもっと自己を確立した人物が着なければならないだろう。かといって捨てるのも惜しいのでそんなへんてこT達には寝間着として活躍してもらうことにしている。

しかし、ここ最近私のタンスの中に入っている寝間着Tの在庫が著しく少なくなっているのだ。おかしいなあ、などと考えながらリビングに向かうと母の胸に悟空。母は自分の寝間着にするために洗濯に出された私の寝間着Tを少しずつ奪っていたのである。

本来の持ち主が眼前にいるにも関わらずテレビなどみてケラケラと笑っている。盗人猛々しいとはこの事だ。私はあきれ果てて父にこの状況をどう思うか聞こうと振り返った。父が着ていたのも私の寝間着であった。

これは大変な暴挙である。仮に私が年頃の娘であったとして、父が私の寝間着のキャミソールを自分の寝間着として使っていたら怒り狂って離縁も辞さないだろう。私はパパの後にお風呂に入るのはイヤだし、パパの洗濯物と一緒に自分のものを洗うのでさえ勘弁してほしいのに!そして針でつつけばぷしゅうと飛んで行ってしまいそうなパパの腹のせいでてろてろに伸びた無残なキャミソールだけが後に残るのである。

 

一般的年頃娘がキャミソールで寝ているかは全く定かでないが、この例えで重大なことだとお判りいただけたかと思う。

当然、私は抗議したが両親の別にいいじゃんの一言に一蹴されてしまった。養われている身である私の地位など父の飼育しているエビの足元にも及ばず、悲しいかな私の悟空は母の魔の手に落ちた。

 

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父の飼っているエビ、小さくてかわいい

我が家の衣類事情において問題はそれだけではない。母は私と父のパンツの違いが判らず私のタンスの中に父のパンツを混入させて来るのだ。かつて、めんどくさいからという理由で父と靴下を共有していた私でもさすがにパンツの共有は生理的にきついものがある。父親の息子と息子の息子が間接的にでも接触するなど想像するだけでも身の毛がよだつ。

何度違いを説明しても母が洗濯物をたたむと毎回一枚か二枚は紛れ込んでくるので油断ができない。おちおちとパンツを穿いてもいられないのだ。 

むしろ母はパジャマの共有化と共にパンツの共有化も促進することによって衣類の合理化を図り家計を助けようとしているのではないかとさえ思える。

そうに違いないと思い、ある日母にそんなにパンツも共有したいなら自身のパンツも差し出せと要求したところあんたバカじゃないのと心底呆れられた。

私もまったくもってその通りだなとおもった。

わたしがお風呂がきらいなたった3つの理由

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久しぶりに熱を出してしまった。そのおかげで丹念に準備していた試験を一つ棒に振ってしまったし、たちが悪いことになかなか微熱が収まらないので難儀している。今年は年の初めからインフルエンザにかかり二度も盲腸をやらかしているので相当に自分の身体からも愛想をつかされている。天寿を全うする日も近いに違いない。

 

一般的に熱を出している間はお風呂に入るのはよくないとされている。おそらく、体力を消耗してしまうとか何とかいう理由からだと思うが、お風呂が嫌いな私からしてみたらお風呂をサボる絶好の口実なのでここぞとばかりに活用している。

 

誤解をしてほしくはないのだが、私はきれい好きだ。高校の時のロッカーはピシッと整理されていたし、自室の整理だって欠かさない。当然自分の身体だって清潔に保ちたいと思っている。ここでいうお風呂が嫌いということは湯船に入ることが嫌いということである。ちゃんと体は毎日洗っている。以下3点お風呂がきらいな理由を挙げていく。

 

1.お風呂に入っている間何をすればいいかわからない

これは本当にわからない。まだ洗っているときにはタオルでこするとか頭をワシャワシャするなどやることがあるが湯船につかった瞬間何もすることがなくなる。無の中に全裸で放り出されるのだ。あの空間の中にはすっぽんぽんの阿呆と暖かい水しか存在しない。手持無沙汰もいいところである。

 

2.湯船で考えることもない

よく「お風呂は心の洗濯」というが、私のように家でぐうたらばかりして日々を過ごしている者に洗濯をするほど心に汚れはたまらない。日々の心配事といえば私にいつまでも恋人ができないことで両親にいつホモ疑惑をかけられてもおかしくないことぐらいだ。そもそも入浴は「みそぎ」に起源をもっており神の前に立つ前に心身を清める役割がある。したがって清廉潔白な心をもつ私にとってボディソープで体を清めた後には入浴は必要のない行為なのである。シャッと体を洗って即神様にお願いごとをすることができる。無駄がない。非常に合理的だ。

 

3.疲れとは

お風呂には疲れをとる効果があると言われるが、家でちんたら過ごしている私に疲れは溜まらない。

 

 結論

以上からお風呂に入る事は非常にめんどくさいと考えている。

しかし、同時にお風呂はよいコミュニケーションの場であることも理解している。サークルで山に登っていた時は下山後に仲間とよく温泉に入っていた。お互い全裸で防御する手段など何もないので多少は開放的な気分になりあんな話やこんな話をしたのを覚えている。

社会に出た際にも上司と飲みニケーションをするのはごめんであるが、仕事上がりに銭湯に行くのはありかもしれない。湯船の中でなら腹を割って話すことも可能になるだろう。

そうとなれば就職先に美人女上司がいることを切に願っている。さすればホモ疑惑もきれいさっぱり晴れることだろう。

 

すきなの

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最近、Sound Horizonというグループの音楽がマイブームでよく聞いている。作風が独特で曲自体にストーリー性がありアルバム全体を通してまた大きな物語が構成されている。Märchenなんてアルバムはメルヘン童話がモチーフになっていて聞いていて面白い。そしてなんといっても全体的にくさい。曲のなかに台詞が入るなどということは当たり前で聞いていて恥ずかしくなってくるような台詞がバンバン出てくる。そんなところも好き。

 

思えば私はくさいものが好きでブルーチーズも好物の一つになっている。初めて食べたのは母と母の知人、その娘たちとの女子会に男一人だけで参加したときだったが、女子たちの口からあふれ出る愚痴や仕事のことなどは一切耳に入らなかった。ただただブルーチーズのその洗っていない靴下を彷彿とさせるにおいに衝撃を受けつつ、クラッカーと共にほおばりつづけていた記憶がある。

 

中二病の患者もくさいが狂おしいほど好きだ。私の高校には典型的な中二病患者がいて「日光が苦手」「防衛省にハッキングした」だのことあるごとにのたまっていた。当時はなにいってんだこいつはと思っていたが、今となっては彼の言動を思うと子猫や子犬のかわいい写真を見た時のような気分になり悶絶してしまう。重要文化財に認定して保護してあげたいと思っている。

いろいろな中二病があると思うがやはり王道のものが一番であるように思う。やはり中二病であるからには、手に包帯を巻いていてほしいし、右目もうずいていていただきたい。ハンドルネームは卍や✝で囲んでほしいし、グロい物が平気であることを友人に自慢してほしい。

 

自由に自己を表現している彼らにあこがれがあるのだとおもう。男の子は誰しも心に中二を飼っているので授業中に何かに襲撃されてサッと身を伏せたいし、エメラルドの剣でドラゴンを倒しに行きたいものだ。そういう生き物。

 

くさいというのは大げさでわざとらしかったり、陳腐な様を言うがそれは古典的であってクラシカル、伝統芸能であるので美しい。様式美を楽しむものだ。

かなうのならば、もう一度高校時代に戻り「昨日壁殴って穴開けちまったよ…」と語る彼の姿をもう一度みたいと思う限りだ。

 

 

でも体臭が臭いのはいや